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保護者ガイド

「テニスは、どっちでもいいよ」。口を出さない親と、数年越しに自分で選んだSFC

進路に口を出さず、それでも情報だけは届けていた親。受験期の親子の距離感と、入学後のSFC生活を聞きます。

2026.07.20環境情報学部
青空の下のテニスコートで、ラケットと資料を手にした学生を描いた淡い水彩風イラスト

プロ志望からの転身、指定校推薦を捨てる決断、2カ月でのAO出願。渡邉さんの受験は、決断の連続でした。その間、親は何をしていたのか。本人の答えは、拍子抜けするほど短いものでした。「口を出されたことは、ほとんどないです」。

ただ、何もしなかったわけではありません。渡邉さんが最終的に選んだSFCは、実は中3のころから親が勧めていた学校でした。勧められた本人は、当時は早稲田派。それが数年後、自分の理由でSFCを選び直すことになります。

連載最終回は、受験期の親子の距離感と、入学後のSFC生活を聞きます。

話し手:渡邉さん 聞き手:インタビュアー / PenBridge

「好きにやったらいいよ」の家だった

インタビュアー: ご家庭は、進路にどう関わっていましたか?

渡邉さん: 基本的に「好きにやったらいいよ」で、口を出されたことはほとんどないです。テニスについては、「別にどっちでもいいよ」と言われていました。

インタビュアー: 競技をやめてもいい、と。

渡邉さん: 私がテニスでずっと苦しんでいたのを見ていたからだと思います。中3のスランプも、高校の激しい練習も、シンプルにしんどそうだったので。だから「続けてほしい」というプレッシャーは全くなくて、それは自分にとってすごくありがたかったです。

親は、中3のころからSFCを勧めていた

インタビュアー: SFCは、いつから視野にあったんですか?

渡邉さん: 実は中3の高校受験のころ、「大学は早稲田か、慶應SFCか」みたいなことを考えていて、両方見に行ったことがあるんです。そのとき、親はSFC推しでした。いろんな分野の教授や著名な人が来て講演していて、世界が広がっていいんじゃないか、新しい大学の感じがあなたに合っていそう、と。

インタビュアー: 渡邉さん自身は、どうだったんですか?

渡邉さん: 私は早稲田派でした。本キャンパスのレンガの建物を見て、伝統があってかっこいいと思っちゃって。文化構想学部にも興味があったので、高2まではずっと早稲田志望です。

インタビュアー: 最終的には、親が勧めていたSFCに進みました。

渡邉さん: そうなんです。ただ、親に言われたからではなくて、体育会の練習時間を知って、「テニスと学びを両立できる場所」として自分で選び直した結果が、たまたまSFCだった。親の意見はあくまで「そういう見方もあるんだ」くらいで、決めたのは全部自分です。

入学してみて、SFCはどうですか?

インタビュアー: 実際に入ってみて、SFCはどうですか?

渡邉さん: 親の言っていたことは、けっこう当たっていました。授業の組み合わせが自由で、興味が変わっても学び続けられます。私は文武両道やスポーツと学びの関係に興味がありますが、心理学のようなことも、デザインのようなことも、全部SFCの中でつながっていく感覚があります。

インタビュアー: テニスとの両立も含めて。

渡邉さん: 朝7時から9時まで練習して、そのあとは授業も他の活動も自由です。高校時代に「時間がなくてできなかったこと」を、今は全部やれています。

これから受験する親子へ

インタビュアー: 最後に、これから受験する親子へメッセージをお願いします。

渡邉さん: 受験生には、「わからないことは、わからないままでいい」と伝えたいです。全部わかっていたら、大学に行く必要はないので。自分が何をやってきて、何が引っかかっていて、何を知りたいのか。それさえ自分の言葉で話せれば、AOは怖くないです。

インタビュアー: 保護者の方には?

渡邉さん: うちの親の話になりますが、「情報はくれるけど、決めさせてくれる」のがいちばんありがたかったです。SFCのことも、勧めてはくるけれど、押しつけられたことは一度もない。だから最後に自分で選べたし、選んだ責任も自分で持てているのかなと思います。

PenBridge編集部より

「勧める」と「決めさせる」。渡邉さんのご家庭は、この二つを最後まで混ぜませんでした。

中3でSFCという選択肢を見せ、学校にも一緒に行く。それでも、早稲田に憧れる本人の気持ちは否定しない。数年後に本人がSFCを選んだとき、そこにあったのは「親に従った」ではなく「自分で選び直した」という感覚でした。親の勧めは命令にならず、頭の片隅の情報として、本人の理由が追いつくまで待っていたことになります。

テニスへの態度も同じです。「テニスはどっちでもいいよ」は、突き放しではありません。苦しむ姿を見たうえで、選択肢を狭めない言葉を選んでいます。本人がこの言葉を「ありがたかった」と繰り返すのは、どの決断のときも、退路と決定権が自分の手元にあったからでしょう。

振り返れば、渡邉さんの決断はどれも、本人の理由で動いていました。スランプでの方向転換も、悔しさからの猛勉強も、指定校を手放す決断も。その隣にいつもいたのは、答えの代わりに情報と選択肢を差し出す親でした。お子さんの進路の話を切り出すとき、差し出そうとしているのは、答えでしょうか。それとも、情報でしょうか。

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