文系で学年1位。早稲田大学の指定校推薦は、ほぼ手の中にありました。しかも本人は、大学ではテニスをやめて別のことをするつもりでいました。
その渡邉さんが高3の6月、合格の保証がないAO入試(総合型選抜)に切り替えて、慶應SFCを受けると決めます。それも、テニスを続ける前提で、です。何が、それをひっくり返したのか。連載第4回は、筑波から早稲田、そして慶應へと動いた進路選択を聞きます。
なお、入試制度や部の練習体制は年度によって変わります。本記事は、渡邉さんが受験した当時の体験談としてお読みください。
話し手:渡邉さん 聞き手:インタビュアー / PenBridge
大学では、テニス以外のことをしたかった
インタビュアー: 大学受験は、どう考えていたんですか?
渡邉さん: 正直、高校でテニスをやり切って、大学では違うことをしたいと思っていました。高校の部活が本当に大変で、他のやりたいことが何もできなかったので。
インタビュアー: 最初は、どこを目指していたんですか?
渡邉さん: 心理学に興味があって、筑波大学を目指していました。成績も良かったので、高1のころは「いけるかも」という感じでやっていました。ただ、高2で文系を選んだので、数学がだんだん厳しくなって。国立は難しいなと思い始めました。
学年1位で見えた、指定校推薦
インタビュアー: そこから、どう変わっていったんですか?
渡邉さん: 高2の後半くらいから、早稲田の文化構想学部や社会科学部がいいなと思い始めました。いろんな分野を横断的に学べる学部に興味があったんです。文系で学年1位だったので、指定校推薦が現実的でした。
インタビュアー: SFCは候補になかったんですか?
渡邉さん: 分野を横断できるという意味で、実はSFCにも興味はありました。ただ、うちの高校にはSFCの指定校がなくて。指定校がある早稲田かな、と思っていました。早稲田に行ったら、テニスはもうやらないつもりでした。
高3の6月、慶應から声がかかった
インタビュアー: 転機は何だったんですか?
渡邉さん: 高3の夏前に、慶應のテニス部の監督から声をかけていただいたんです。それで話を聞いてみたら、練習が週3回、朝の7時から9時までだと。
インタビュアー: 朝練だけ。
渡邉さん: 「これなら両立できるじゃん」と思ったんです。私がテニスをやめたかった理由は、テニスが嫌いだからではなくて、部活のせいで他のことが何もできなかったからなので。朝9時に練習が終われば、そのあとは丸ごと自由です。しかも、今までより高いレベルで挑戦できる。だったら、テニスを続けながらやりたいことをやるのもありだな、と気持ちが変わりました。
指定校を捨てる決断
インタビュアー: 指定校推薦とAOは、並行できないんですか?
渡邉さん: SFCのAOは、合格したら入学することを前提にした入試です。うちの高校のルールでも、AOに出願するなら指定校には出せませんでした。だからAOに出す時点で、指定校は切ることになります。
インタビュアー: ほぼ確実に早稲田に行ける状態を手放すのは、怖くなかったですか?
渡邉さん: 「受かったら絶対に行く」と決めていたので、迷いはなかったです。6月に決めて、そこから2カ月で書類を準備しました。
実際、入学後は両立できている?
インタビュアー: 入学してみて、朝練と学業の両立はどうですか?
渡邉さん: できています。朝7時から9時まで練習して、そのあと授業に行く生活です。高校時代と比べたら、自由な時間は比べものにならないです。テニスのレベルはむしろ上がっているのに、他のこともできる。この環境は本当にありがたいです。
PenBridge編集部より
ほぼ確実な推薦を捨ててAOへ。字面だけなら、思い切りのいい賭けです。ただ、決断の中身を聞いていくと、賭けの要素はむしろ少なかったことがわかります。
進路を動かしたのは、大学名でも偏差値でもなく、「練習は週3回、朝7時から9時まで」という一つの事実でした。渡邉さんがテニスをやめようとしていた理由は、競技そのものではなく、他のことが何もできなくなる練習量にあります。その理由が消えるなら、やめる必要もない。やりたいことがはっきりしていたからこそ、たった一つの情報で結論まで進めたわけです。
逆に言えば、この解像度の情報がなければ、渡邉さんは早稲田に進み、テニスをやめていたはずです。偏差値と合格可能性だけで進路を絞ると、この種の分岐は見えないまま通り過ぎます。部活の練習時間、通学、授業の組み方。入学後の生活を具体的に想像できる材料を集めるほど、選び直せる分岐は増えます。
なお、合格したら入学する前提の総合型選抜と指定校推薦をどう扱えるかは、高校ごとの校内ルールにもよります。方式の組み合わせは、夏になる前に学校へ確認しておくのが安全です。
