幼稚舎には、縄跳びの歴代記録が貼ってあるそうです。連続で何時間跳び続けたか。上位には、3時間、5時間という数字が並びます。
前回、重松さんは幼稚舎の入試について「健康な子じゃないとまず無理な学校」と言いました。入ってみると、その通りの学校が待っていました。プールをぐるぐる回って1キロ泳ぐ。山に登る。海で泳ぐ。何十キロも歩く。男子は一年中、短パンです。
運動が得意な子には天国かもしれません。では、苦手な子はどうなるのか。重松さん自身は「僕は無理側です」と言います。それでも6年間、途中で脱落した子は一人もいなかったそうです。
連載第2回は、運動第一主義の幼稚舎で過ごした6年間と、6年間変わらない担任、36人のクラスの話を聞きます。
話し手:重松さん(仮名) 聞き手:インタビュアー / PenBridge
縄跳びは、授業が終わっても止められない
インタビュアー: 幼稚舎のイベントというと、縄跳びの話を聞いたことがあります。
重松さん: ありますね。連続で何回跳べるか、というものです。歴代のすごい人の記録が貼ってあって、3時間とか、5時間とかいます。
インタビュアー: 授業時間は50分くらいですよね。
重松さん: 終わっても、跳んでいる子は止められないんです。跳び続けていると、次の授業の時間が減っていく(笑)。
インタビュアー: 体育の授業として、ですか?
重松さん: 学校の体育の中でやります。それとは別枠で、イベントがいろいろあります。
プールをぐるぐる回って、1キロ
インタビュアー: 別枠のイベントというのは?
重松さん: 水泳なら、高学年で1キロ泳ぎます。プールをぐるぐる回って。1キロ泳がないと帰してもらえない、みたいな感じで(笑)。夏休みに2週間くらいの特別講習が2回あって、水泳だけは特別扱いでしたね。
インタビュアー: 他には?
重松さん: 登山があります。日本百名山のような山に、小学生で登る。海で泳ぐ遠泳もありましたし、何十キロも歩く行事もありました。距離は忘れちゃったんですけど。あと、男子はずっと短パンです。
インタビュアー: 運動が第一、という校風なんですね。
重松さん: そうですね。運動第一主義というか。
「無理側」でも、やり切るまで応援される
インタビュアー: その中で、正直きつい子もいますよね。
重松さん: 僕がそうです。無理側ですから(笑)。
インタビュアー: でも、完走はした。
重松さん: しました。苦手ではあるんですけど、乗り越えられる子しかいなかった、というのが正しいですね。1キロ泳がずに終わった子はいないんです。
インタビュアー: 先生が怖いから、というわけでもなさそうですが。
重松さん: 全然そうではないです。むしろ放任主義で、細かく管理するというより、やりたいことをやりなさい、という雰囲気です。ただスポーツに関しては、大人が「頑張れ、頑張れ」と応援して、最後までやらせてくれる。厳しそうな子も、なんだかんだ頑張って終わらせていました。
6年間同じ担任、36人のクラス
インタビュアー: 幼稚舎は6年間、担任が変わらないことでも有名です。実際どうでしたか?
重松さん: 僕の担任は、本当に本人主義の先生でした。スポーツにはあまり寄っていない先生で、頑張りたいことをやればいいよ、という人。僕は知的な探究心をだいぶ満たしてもらいましたし、スポーツを頑張っている子はスポーツで伸ばしてもらっていて、いろいろな個性を育ててくれる先生でしたね。
インタビュアー: 授業は、その担任の先生が全部教えるんですか?
重松さん: 国語、算数、社会は担任です。理科と英語は専門の先生がいました。
インタビュアー: 先生の個性が出そうですね。
重松さん: 出ます。教科書に沿って初等教育をどう進めるか、というより、教えたい範囲を教える先生が多いです。うちの担任はかなり癖が強くて、国語はずっと作文をしていたような記憶があります。算数は標準的でしたけど。
同じ36人で6年、飽きたら外に出る
インタビュアー: 36人が6年間ずっと同じクラスというのは、仲良くもなるけれど、揉め事も起きそうです。
重松さん: 起きますよ。3、4年生くらいで、そういうこともあります。ただ、5、6年生になると飽きるんです。同じメンバーに。それで他のクラスの子と放課後に絡み始める。そこまで来ると、あまり関係なくなります。
インタビュアー: 放課後は、どう過ごしていたんですか?
重松さん: 学校の外で幼稚舎の子と何かをやっている場合が多いですね。野球のチームに幼稚舎生がたくさんいるとか、水泳クラブに幼稚舎生が多いとか。僕はあまりなかったんですけど。学校のクラブ活動は5年生からで、週1、2回、2時間くらい。スポーツも文化系もあって、選んでやる感じです。
PenBridge編集部より
「運動第一主義」と聞くと、運動の得意な子だけが評価される学校を想像するかもしれません。重松さんの話は、その想像とは少し違います。1キロ泳がずに終わった子はいない、という重松さんの記憶から見えるのは、できる子を選ぶ仕組みというより、苦手な子にもやり切らせる大人の関わりです。
この「最後までやらせる」構えは、重松さんの話では幼稚舎で終わらず、普通部の労作展や塾高の部活動にも続いていたように見えます。中学から入学する家庭にとって、幼稚舎組が持っているのは学力の差というより、こうした経験の蓄積かもしれません。体を動かすこと、時間をかけて何かをやり切ること。入学後に受験組と幼稚舎組が合流したとき、共通の話題になりやすいのはそこだと思います。
担任が6年間変わらないことについても、重松さんの話には両面が出ています。教えたい範囲を教える先生だったので、国語はずっと作文だった。その一方で、一人の大人が6年かけて子どもの個性を見続けてくれた。「知的な探究心を満たしてもらった」という言葉は、本人にとって後者が大きかったことを示しています。同じ36人で6年という環境も、揉め事は起きるがやがて飽きて外に出る、という子どもらしい着地をしています。
中学から入る子は、こうして育った子たちと教室を共にすることになります。
