記事一覧へ戻る
学校理解・学校選び

「ペーパーテストは、なかったんです」。幼稚舎から慶應に入った重松さんが、かろうじて覚えている小学校受験

本人の記憶では、ペーパーテストのなかった入試で、何が見られていたのか。幼稚舎から慶應に入った重松さんに、粘土と絵、「待つ」テスト、子どもだけで受ける面接の記憶を聞きます。

2026.09.02
銀杏の木々に囲まれた明るい校舎へ、バスケットボールを持った学生が歩く淡い水彩風イラスト

慶應義塾普通部の同級生の3〜4割は、慶應義塾幼稚舎から上がってきた子たちだったそうです。中学受験を考える家庭にとって、入学後に同じ教室で過ごすことになる「幼稚舎組」は、なかなか実像の見えない存在ではないでしょうか。

今回話を聞いたのは、幼稚舎から普通部、慶應義塾高校(塾高)を経て慶應義塾大学経済学部に内部進学し、現在は就職活動中の重松さん(仮名)です。小学校から大学まで、中学受験も高校受験も大学受験も経験せずに慶應で過ごしてきました。

厳密には一度だけ、入試を受けています。幼稚舎の入試です。本人は「だいぶ昔なので記憶が怪しい」と笑いますが、覚えていることを聞いていくと、ペーパーテストが一枚もない、少し不思議な選抜の姿が浮かび上がってきました。

連載第1回は、重松さんがかろうじて覚えている幼稚舎の入試の話です。なお、小学校受験はPenBridgeの支援対象ではなく、入試の内容も年度によって変わります。本記事は、15年以上前の一人の記憶としてお読みください。

話し手:重松さん(仮名) 聞き手:インタビュアー / PenBridge

ペーパーテストはなかった

インタビュアー: 幼稚舎の入試って、どんなものだったんですか? かなり特殊だと聞いたことはあるんですが。

重松さん: 特殊だと思います。まず、ペーパーテストがないんです。

インタビュアー: ないんですか。

重松さん: 記憶にある限りはないですね。行動を見られる試験がメインで、あとは粘土をこねたり、絵を描いたり。そういうものが試験としてあった、という認識です。ただ、だいぶ昔のことなので、そのあたりの記憶はかなり怪しいです(笑)。

インタビュアー: 1日で全部やるんですか? それとも何回かに分かれている?

重松さん: そこも怪しいですね。何回かあったような気もします。いろいろな種類のことをやらされた、という雰囲気だけは覚えています。

いちばん覚えているのは「待つ」テスト

インタビュアー: 覚えているものの中で、いちばん印象に残っているのは何ですか?

重松さん: 待つテストです。食堂みたいな部屋に机と椅子が並んでいて、「ここに座って待っていてください」と言われるんです。それだけなんですけど、しーんとした中で、立っちゃう子がいるんですよ。動き出しちゃう子が。

インタビュアー: それを見られている。

重松さん: 見られていたんだと思います。単純に座って静かに待つだけなんですけど、できない子はできない。あれはけっこう見られていたイメージがあります。

子どもだけで受ける面接

インタビュアー: 面接もあったんですか? 親と一緒に?

重松さん: 子ども一人と、大人です。僕は全然覚えていないんですけど、友達がすごく覚えていて。好きなテレビ番組を聞かれて、たぶんNHKの教育番組を答えるように教えられていたのに、答えられなかったらしいんです。

インタビュアー: それは……。

重松さん: でも、その子は受かっています(笑)。

インタビュアー: 「こう答えろ」と教わっていた、ということは、対策の場があったんですね。

重松さん: ありますね。いわゆるお受験塾です。僕も行かされていた記憶があります。

お受験塾で仕込まれたこと

インタビュアー: お受験塾では、どんなことをするんですか?

重松さん: 私立の小学校に受かるための対策塾で、みっちり仕込まれる感じです。答え方もそうですし、簡単な足し算や引き算、絵を描くこと、あとは体操みたいな運動もやりました。

インタビュアー: 運動も見られていたんでしょうか。

重松さん: 幼稚舎は体力を見ているんじゃないか、という話は聞いたことがありますし、そういう試験があった記憶もあります。入ってから思うのは、健康な子じゃないとまず無理な学校なので、そこは見られていたんだろうな、ということです。

インタビュアー: 入ってから、というのは?

重松さん: 幼稚舎は、運動が第一の学校なんです。

インタビュアー: その話は、次回じっくり聞かせてください。

PenBridge編集部より

幼稚舎の入試は、PenBridgeが支援している中学受験や高校受験とは別の世界の話です。それでも、重松さんの記憶には、慶應の一貫校を志望する家庭が知っておいてよいことが含まれています。

重松さんが見られていたと感じたのは、知識ではありませんでした。静かに座って待てるか、指示を聞いて動けるか、体力があるか。以前の連載で普通部の卒業生が語った体育実技の印象(緊張した場面で指示を聞いて動けるかを見られていた気がする、というもの)と似ていますが、どちらも本人の受け止めであって、学校が公表している評価基準ではありません。幼稚舎が公開している入学試験の説明は、様々な活動を通じて志願者のありのままの姿を見るものであり、特別な準備は必要ない、という範囲にとどまっています。15年以上前の一人の記憶から、現在の入試で何がどう評価されるかを推し量ることはできません。

それでも、教えられた答えを言えなかった友人が合格していた、という話は残しておきたいと思いました。お受験塾で仕込まれた答えが、合否をそのまま決めたわけではなかった。当時の一例にすぎませんが、覚えておいてよい話です。

普通部の教室で隣に座る幼稚舎組は、6歳前後で重松さんの記憶にあるような選抜をくぐり、そのあと6年間、独特の環境で育ってきた子たちです。彼らがどんな学校生活を送ってきたのかを知ることは、入学後の姿を想像する材料になります。

連載記事

重松さんインタビュー

1表示中

「ペーパーテストは、なかったんです」。幼稚舎から慶應に入った重松さんが、かろうじて覚えている小学校受験

本人の記憶では、ペーパーテストのなかった入試で、何が見られていたのか。幼稚舎から慶應に入った重松さんに、粘土と絵、「待つ」テスト、子どもだけで受ける面接の記憶を聞きます。

2

縄跳び3時間、プールで1キロ、山にも登る。「運動第一主義」の幼稚舎で過ごした6年間

縄跳びの連続記録、プールで泳ぐ1キロ、登山と遠泳。運動が第一の幼稚舎で、苦手だった重松さんはどう6年間を過ごしたのか。6年間変わらない担任と、36人のクラスの話も聞きます。

読む
3

「普通部でやれれば、塾高で困らない」。幼稚舎の家庭が普通部を選んだ理由と、教科のエキスパートの授業

幼稚舎の卒業生は、中学に上がるときに進学先を選びます。重松さんの家庭が普通部を選んだ理由、教科のエキスパートによる授業、内部進学でも進級が自動ではない現実を聞きます。

読む
4

「今いちばん仲がいいのは、普通部の仲間」。スマホ禁止の休み時間と、幼稚舎組と受験組が混ざる普通部の人間関係

幼稚舎組は3〜4割。受験で入った子との間に壁はあるのか。スマホ禁止の休み時間、今もいちばん仲がいい普通部のバスケ部の仲間、幼稚舎からの友達との距離を聞きます。

読む
5

週11回の練習、朝6時半の日吉。「引退まで自我がなかった」塾高バスケ部の3年間と、勉強の回し方

朝練は日曜も含めて毎日、週11回の練習。塾高バスケ部に打ち込んだ重松さんは、勉強をどう回していたのか。過去問のやりくり、先生による違い、普通部の貯金の三つを聞きます。

読む
6

高校で受けた「法律入門」がつまらなくて、経済学部に決めた。塾高で経験した文理選択と学部選択

高2で文理を選び、学部は3年間の成績を中心に決まる。塾高で受けられる大学の入門授業で法学部をやめて経済学部を選んだ経緯と、大学数学の先取りが大学1年を救った話を聞きます。

読む
7

順位表はないのに、上位層は互いの位置を知っていた。医学部枠をめぐる「ステルス」と、重松さんの目に映った幼稚舎組の学力差

本人の記憶では、塾高から医学部に進めるのは学年の数%。順位が公表されない中で、上位層はどう互いを把握し、「ステルス」はなぜ怖かったのか。幼稚舎組の学力差が大きく見えた理由も、本人の体感として聞きます。

読む
8

「アマチュアスポーツは、これが最後」。ウェイトリフティング部への転向と、投資銀行を目指す就職活動

バスケ部からウェイトリフティング部への転向、投資銀行を目指す理由、そして幼稚舎以来受験をせずに大学まで来た本人が感じている「一貫校で身についた力」を、重松さんに聞きます。

読む
無料相談

受験の進め方を
ご家庭に合わせて一緒に考えます。

志望校の選び方や併願の組み方、今の学習で優先したいことなどを、現在の状況を伺いながら、30分ほどのオンライン相談で整理します。
記事を読んで気になったこと一つからでも、お気軽にご相談ください。