慶應義塾普通部の同級生の3〜4割は、慶應義塾幼稚舎から上がってきた子たちだったそうです。中学受験を考える家庭にとって、入学後に同じ教室で過ごすことになる「幼稚舎組」は、なかなか実像の見えない存在ではないでしょうか。
今回話を聞いたのは、幼稚舎から普通部、慶應義塾高校(塾高)を経て慶應義塾大学経済学部に内部進学し、現在は就職活動中の重松さん(仮名)です。小学校から大学まで、中学受験も高校受験も大学受験も経験せずに慶應で過ごしてきました。
厳密には一度だけ、入試を受けています。幼稚舎の入試です。本人は「だいぶ昔なので記憶が怪しい」と笑いますが、覚えていることを聞いていくと、ペーパーテストが一枚もない、少し不思議な選抜の姿が浮かび上がってきました。
連載第1回は、重松さんがかろうじて覚えている幼稚舎の入試の話です。なお、小学校受験はPenBridgeの支援対象ではなく、入試の内容も年度によって変わります。本記事は、15年以上前の一人の記憶としてお読みください。
話し手:重松さん(仮名) 聞き手:インタビュアー / PenBridge
ペーパーテストはなかった
インタビュアー: 幼稚舎の入試って、どんなものだったんですか? かなり特殊だと聞いたことはあるんですが。
重松さん: 特殊だと思います。まず、ペーパーテストがないんです。
インタビュアー: ないんですか。
重松さん: 記憶にある限りはないですね。行動を見られる試験がメインで、あとは粘土をこねたり、絵を描いたり。そういうものが試験としてあった、という認識です。ただ、だいぶ昔のことなので、そのあたりの記憶はかなり怪しいです(笑)。
インタビュアー: 1日で全部やるんですか? それとも何回かに分かれている?
重松さん: そこも怪しいですね。何回かあったような気もします。いろいろな種類のことをやらされた、という雰囲気だけは覚えています。
いちばん覚えているのは「待つ」テスト
インタビュアー: 覚えているものの中で、いちばん印象に残っているのは何ですか?
重松さん: 待つテストです。食堂みたいな部屋に机と椅子が並んでいて、「ここに座って待っていてください」と言われるんです。それだけなんですけど、しーんとした中で、立っちゃう子がいるんですよ。動き出しちゃう子が。
インタビュアー: それを見られている。
重松さん: 見られていたんだと思います。単純に座って静かに待つだけなんですけど、できない子はできない。あれはけっこう見られていたイメージがあります。
子どもだけで受ける面接
インタビュアー: 面接もあったんですか? 親と一緒に?
重松さん: 子ども一人と、大人です。僕は全然覚えていないんですけど、友達がすごく覚えていて。好きなテレビ番組を聞かれて、たぶんNHKの教育番組を答えるように教えられていたのに、答えられなかったらしいんです。
インタビュアー: それは……。
重松さん: でも、その子は受かっています(笑)。
インタビュアー: 「こう答えろ」と教わっていた、ということは、対策の場があったんですね。
重松さん: ありますね。いわゆるお受験塾です。僕も行かされていた記憶があります。
お受験塾で仕込まれたこと
インタビュアー: お受験塾では、どんなことをするんですか?
重松さん: 私立の小学校に受かるための対策塾で、みっちり仕込まれる感じです。答え方もそうですし、簡単な足し算や引き算、絵を描くこと、あとは体操みたいな運動もやりました。
インタビュアー: 運動も見られていたんでしょうか。
重松さん: 幼稚舎は体力を見ているんじゃないか、という話は聞いたことがありますし、そういう試験があった記憶もあります。入ってから思うのは、健康な子じゃないとまず無理な学校なので、そこは見られていたんだろうな、ということです。
インタビュアー: 入ってから、というのは?
重松さん: 幼稚舎は、運動が第一の学校なんです。
インタビュアー: その話は、次回じっくり聞かせてください。
PenBridge編集部より
幼稚舎の入試は、PenBridgeが支援している中学受験や高校受験とは別の世界の話です。それでも、重松さんの記憶には、慶應の一貫校を志望する家庭が知っておいてよいことが含まれています。
重松さんが見られていたと感じたのは、知識ではありませんでした。静かに座って待てるか、指示を聞いて動けるか、体力があるか。以前の連載で普通部の卒業生が語った体育実技の印象(緊張した場面で指示を聞いて動けるかを見られていた気がする、というもの)と似ていますが、どちらも本人の受け止めであって、学校が公表している評価基準ではありません。幼稚舎が公開している入学試験の説明は、様々な活動を通じて志願者のありのままの姿を見るものであり、特別な準備は必要ない、という範囲にとどまっています。15年以上前の一人の記憶から、現在の入試で何がどう評価されるかを推し量ることはできません。
それでも、教えられた答えを言えなかった友人が合格していた、という話は残しておきたいと思いました。お受験塾で仕込まれた答えが、合否をそのまま決めたわけではなかった。当時の一例にすぎませんが、覚えておいてよい話です。
普通部の教室で隣に座る幼稚舎組は、6歳前後で重松さんの記憶にあるような選抜をくぐり、そのあと6年間、独特の環境で育ってきた子たちです。彼らがどんな学校生活を送ってきたのかを知ることは、入学後の姿を想像する材料になります。
