慶應の一貫校で学ぶ生徒にとって、高校3年間の先にあるのは大学受験ではなく、内部進学の学部選択です。
普通部から塾高を経て内部進学した戸倉さん(仮名)は、理系に進み、そのまま研究の面白さに出会って、現在は大学院で研究を続けています。
シリーズ最終回は、内部進学のリアルと、研究室での日々、そして「一貫校で過ごした10年」を振り返ってもらいます。
話し手:戸倉さん(仮名) 聞き手:インタビュアー / PenBridge
内部進学は「争いが生まれにくい」
インタビュアー: 塾高からの内部進学は、どういう仕組みなんですか?
戸倉さん: 基本的には、成績順に志望を出していく形です。人気だったのは医学部で、次に法学部、経済学部と続く感じでした。僕の下の代からは、SFC(湘南藤沢キャンパス)の人気がぐっと上がった印象もあります。
インタビュアー: 行きたい学部に行くのは大変なんですか?
戸倉さん: 医学部のようなごく一部の枠を目指す人たちは本気でやっていますが、それ以外は、しっかり授業を受けてそこそこの成績を取っていれば、行きたい学部を選べる感覚です。だから、成績をめぐる熾烈な争いのようなものは、あまり生まれないんですよ。
インタビュアー: 受験勉強の代わりに、その時間を別のことに使える。
戸倉さん: そうですね。それが一貫校の一番の価値だと思います。実際、高校時代に打ち込んでいたことで、大学生とは思えないような成果を出している同級生もいました。受験勉強と両立していたら、絶対にできなかったことだと思います。
大学で研究に出会い、大学院へ
インタビュアー: 戸倉さんは理系に進みました。
戸倉さん: はい。高校時代から電子工作やプログラミングをやっていた延長で、自然と理系を選びました。学部で研究室に入って、研究の面白さを知って、そのまま大学院に進んだ形です。
毎週、全員が論文を読んで発表する
インタビュアー: 研究室というのは、どんな生活なんですか?
戸倉さん: 僕のいる研究室は、かなり鍛えられる環境です。たとえば、毎週全員が論文を読んで、スライドにまとめて発表します。持ち回りではなく、全員が毎週です。だからミーティングは長くて、1日がかりになることもあります(笑)。
インタビュアー: 全員が毎週というのは、なかなかの密度ですね。
戸倉さん: 正直、体力的には大変です。ただ、論文を読む量と発表の場数は圧倒的に積めます。先生も、夜中まで研究しているような熱量の人で、学生と直接やりとりしてくれる距離の近さがあります。良くも悪くも、先生の本気度がそのまま研究室の密度になっている感じですね。
論文は「60個の問いを埋めていく」
インタビュアー: 論文を書くときは、どう進めるんですか?
戸倉さん: 僕の研究室では、論文に必要な要素を60個くらいの「問いと答え」のリストに分解して、それぞれに締め切りを付けて、毎日埋めていくんです。全部埋めて組み上げると論文になる、という仕組みです。執筆から投稿まで、僕の場合は2ヶ月くらい。長い人だと4、5ヶ月かけることもあります。
インタビュアー: 執筆のプロセスそのものが仕組み化されているんですね。
戸倉さん: そうです。「今日はこれを書く」が毎日決まっているので、迷わず進められます。この管理の仕方は、研究以外でも役に立つと思っています。
研究に集中することが求められる環境
インタビュアー: 研究室の生活は、学業以外との両立はできるものですか?
戸倉さん: うちの研究室は、在学中は研究に集中することを求められる方針です。アルバイトやインターンは基本的に控えて、そのぶん研究に時間を注ぐ。学会への参加費は研究室が出してくれます。
インタビュアー: 博士課程まで進む人は多いんですか?
戸倉さん: 多くはないですね。博士まで進むのは、在学中に研究業績を突き抜けて出しているような一部の人で、多くは修士で就職します。
インタビュアー: 研究室選びは大事ですね。
戸倉さん: 本当にそう思います。研究室によって、文化も生活のスタイルも全く違います。研究テーマだけでなく、その研究室でどういう毎日を送ることになるのかまで、入る前に知っておくといいと思います。
振り返って — 「受験が2回あるのは、もったいない」
インタビュアー: 普通部から10年以上、慶應の一貫校で過ごしてきました。振り返ってどうですか?
戸倉さん: 良かったと思っています。受験がない分、部活も、電子工作も、研究も、そのとき一番やりたいことに時間を使えました。人生で受験が2回あるのは、やっぱりもったいない気がします。
インタビュアー: ご自身にお子さんができたら、どうしたいですか?
戸倉さん: 一貫校に入れたいですね。僕は普通部からで良かったと思っているので、同じように、受験は1回経験して、その先は伸び伸びやってほしい。ただ、それも本人に合っているかどうかが一番だと思います。
PenBridge編集部より
シリーズを通して見えてきたのは、「受験のない時間」を戸倉さんがどう使ってきたかです。普通部のレポートと山岳部、塾高の電子工作と無線、そして大学から大学院へと続く研究。一貫校の価値は入学した瞬間に確定するのではなく、6年間、10年間の時間の使い方によって決まります。
大学選び・学部選びの視点として参考になるのは、「研究室によって文化も生活も全く違う」という指摘です。偏差値や学部名では見えない、日々の過ごし方の実態。進路を考えるときには、その環境で実際に学んだ人の話を聞くことが、何よりの判断材料になります。
そして最後に、一貫校出身の戸倉さん自身が「わが子も一貫校に」と考えていることは、この環境で過ごした10年間への率直な評価と言えるでしょう。受験を1回に集約し、残りの時間を打ち込みたいことに使う。この選択肢を家庭としてどう評価するかが、慶應一貫校を目指すかどうかの出発点になります。
